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チロの命日

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ぬいぐるみとドライブが大好きだったチロ
平成3年の連休明けの5月6日、ホームセンターディックで会いました
半年近く売れ残り、超お買い得の札をつけられていました
薄汚れた状態で、寂しそうな目でこちらを見ていました
生後6か月で3.2㎏
お店の人に「生まれた時から大きかったのですか?」と聞くと
「お店をあちこちたらい回しにされてきたから分かりません」

たまらず衝動買いでした
それから七年楽しい日々が続きましたが・・・
     壮絶な死でした

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チロの死についてやっと書けるようになったのは2007年2月11日です
その日のブログをコピペです

悲劇的な最後を遂げたのは1999年2月10日でした
具合が悪くなって病院に行くと肺炎の診断
その後、レントゲンを撮ると、お腹に小さな異物が入っている言うので手術をしました
手術後、お見舞いに行ってびっくり
入院病棟は小さな粗末なプレハブ小屋に小さな石油ストーブが1個
1月の寒い時期、ケージの中には半分に切ったタオルの切れ端しかありません
でも先生を信じて1週間、入院をさせていました
でも原因は判らないの一点張り容体は日に日に悪くなります
毎日お見舞いに行ったんですが病棟は寒い、肺炎でひどく咳き込んでいる
美容院のじゅんこ先生に相談をするとすぐに退院をさせるように言われ病院を紹介されました
紹介された病院にすぐに連れて行くとジステンバーと診断されました
ワクチンを打っていたと言うと先生は不振顔
でも、前の先生を疑う事になるので証明書は持って行きませんでした
暫くしてじゅんこ先生に証明書を見せてと言われ持って行きました
すると、用紙は正式のものでしたが薬のシートが貼って無い事がわかりました
それを紹介された先生のところに持っていきました
やはり、注射は打ってなかったようです
1ヶ月間、日曜祭日もなく点滴と注射に通いました
毎日、おじいちゃんに抱っこをされて通いました
おじいちゃんも頑張ってくれました
人間用のテルモの点滴液に「チロちゃん」って書いてあるんです
毎日少しずつ、背中は針を刺すので硬くなり最後には打つところが無くなっていました
でも、チロはおとなしくずっと私に寄りかかって耐えていました
「これをしないとボク生きられないんだよね」って分かっているようでした
なぜなら小さじ半分のエサを食べても激しく咳き込み戻すので口から栄養が取れなかったのです
でも、一生懸命に食べようとするんです
先生に「食べようとするということは生きたいということ」と言われました
動物実験のように色々な検査をして最後に数時間おきにレントゲンを撮ってみるというので
病院において帰りました

すると、胃がなかったのです
激しく咳き込み胃が食道の中に入り込んでいたのです
先生も獣医を30年続けていたけど初めての事だと言われました
亡くなった大型犬で1度見たきりで、生きている子は初めてとのことでした
安楽死か、苦しみながら死を待つか・・・
99パーセント駄目と思うけど手術で胃を引っ張り出すか・・・手術を選びました
手術には耐えましたが次の朝4時頃、天国に旅立ったそうです
最後のお別れも出来ませんでした
迎えに行ったチロはあちこちチューブを差し込まれ痛々しかったです

手術をしたことを後悔しました
これからも後悔はし続けるでしょう

ペットの葬儀社に電話をしたら若い女性の声で
何がいくら、何はいくら、とぶつけるように言ってくる
その時は何を言っているか全然理解できませんでした
そして、お寺で動物の葬儀をしてくれるところを見つけて
2月11日小雨の振る中、最後のお別れをしました
毎日泣いて過ごしました
今は庭の片隅で静かに眠っています

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昨夜、気味の悪い夢を見ました
部屋の電気をつけようとするんですが、どの部屋もつかない
真っ暗な中、玄関に人影が
古風な着物姿の女性が立っているんです
す~っと台所まで来た女性は後姿で顔は見えない
マルチーズを抱いている
「だれ?」
「未来のあなた」
足元ではムサシが吠えている、でも声は聞こえない
そこで目が覚めた訳です

チロの命日、もう23年も経っていますがまだまだ後悔と悲しみは消えません

チロは2代目マルチーズでした
初代はジョジョで15年7か月で虹の橋を渡りました
3代目はムサシ、この子も15年7か月で
チワワのジョジョは後一週間で17歳と言うところで昨年私のもとを去っていきました


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